松江算数活塾のロゴ

 今も、なのかもしれませんが、ひところ「ほめて育てる」という手法が学校でさかんに喧伝されました。研修でも、講師から「とにかくほめるところを探してほめなさい、どんなことでもいいから」と言われたことを覚えています。ほめて育てられた経験に乏しいまま教員になった身としては、どうも素直に従うことができず、最後まで苦手意識を抱えたままでした。ほめられれば悪い気はせず、意欲が増すのも事実ですから正しいことではあるんでしょうけど…

子ほめ

 落語には、ほめる噺がけっこうあります。よく知られているところで言えば、「子ほめ」や「牛ほめ」。また、ほめるのが仕事の幇間(たいこもち)の噺も少なくありません。「子ほめ」は、実年齢より若く見える、とほめる噺。「牛ほめ」は、新築の家や新しく買った牛を決まり文句でほめる噺。どちらも、正直に感動を伝えるのではありません。ただ酒を飲む、あるいは小遣いをもらう、という極めて不純な動機でほめるのです。まったく心にもないことは、初めからバレバレで、ほめているのだかけなしているのだかわからなくなるというのが、これらの噺のおもしろさ。

 

 興味深いことに、「酒飲ませろ」とか「こづかいちょうだい」と、真の目的がごく早い段階で相手に伝えられてしまうのですが、受け手側も初めからそれがわかっています。実際のところどう思っているかはどうでもよくて、「上手くほめることができたら、かなえてやろうじゃないか」という態度なのです。ほめ方が粋ならばよし、真情を吐露するなんぞ無粋なこと、と言わんばかりに。

牛ほめ

「牛ほめ」では、父親からカンニングペーパーを渡されただけで意味がまったくわかっていない与太郎が、トンチンカンにほめます。それをおじさんが「それを言うなら…だろ」といちいち直します。ということは、おじさんにはどうほめるのかがわかっていて、与太郎がきちんと定型をなぞるかどうかだけ気にしているのです。笑い話に加工してあるとはいえ、現代人とは異なる江戸庶民の価値観がうかがえる噺です。

 幕末には多くの外国人が日本にやってきましたが、彼らの記録に「(江戸庶民は)だじゃれや言い立て(決まり文句)ばかりで、ちっとも話が前に進まない」とあるのを読んだことがあります。豊かと評するのが適当かどうかはわかりません。でも、子どもたちには、今とはひと味もふた味も違う人間関係を落語を通して感じ取ってもらいたいと思っています。これも一つの異文化交流と言えるかもしれません。

                (宮森健次)