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皿を数えるお菊と逃げ出す観客

 この間、当塾の噺家さんに「ねえ、どうして落語ってたくさんはなしがあるの?」と聞かれて、どう答えたものか少し考えました。落語のネタ数は、300とも500とも言われています。これは古典落語の数ですから、日々作られている新作落語を加えれば膨大な数に上るでしょう。その中のいくつかは、幾多のふるいにかけられて古典に加わっていきます。冒頭の質問への答えとしては、何百年もかけて数え切れないほど多くの人が作り続けているから、ということになるでしょうか。

 それだけに、落語ってよくもまあこれだけ多種多様な登場人物がいるものよ、と思います。前にタヌキも主要な登場人物としてご紹介しましたが、ご存命でない方たちもたくさん登場します。ゆうれいの出る噺、かなり多いです。これは、冷房のなかった昔の寄席小屋で、少しでも涼しくなってもらおうと落語家たちが工夫を凝らしたゆえに発達していったのかもしれません。有名なところでは、以前この欄にも登場してもらった幕末明治にかけての大名人三遊亭円朝の諸作。「牡丹灯籠」とか「真景累ヶ淵」など、文庫本なら一冊ゆうにあろうかという大作を何夜にも分けて、今でも夏になると高座にかかります。私の好みは、何と言っても昭和の大名人六代目三遊亭圓生で、何度聞いても背筋が寒くなります。

風邪をひいたお菊の幽霊

 当塾落語教室も、夏を前にぼちぼちゆうれいネタに取り組もうと考えています。もちろん円朝のホラーではありません。怪談さえ笑い話に変えて、ゲラゲラ、ヘラヘラとこの世とあの世を行き来するのが落語の真骨頂。「皿屋敷」もそんな噺の一つです。原典は「番町皿屋敷」。横恋慕した代官の怒りを買って殺されてしまったお菊さんが夜な夜な井戸から出てきては、言いがかりの元になった皿を数えます。九枚まで聞くと呪われてしまう、という何とも恐ろしい話ですが、「それじゃあ、そこだけ聞かなかったら大丈夫だろう」と考える好奇心旺盛な連中が、お菊の出てくる井戸を見に行くというのが落語版「皿屋敷」。さて、若い衆がどうなるか、今夏、当塾の誰かが高座にかけるかもしれませんので、ぜひご期待ください。陰惨な悲劇をここまで喜劇に転換できるのか、と落語の底力に感嘆します。

 先日、たまたま落語教室生が稽古場に五人集まったので、試みに同じ小咄をそれぞれでアレンジして演じてもらいました。登場人物は全員泥棒です。まったく同じ咄なのに演ずる子によってずいぶん印象が異なるのがおもしろく、また新鮮でした。明るくカラッとした泥棒がいたかと思うと、サスペンスタッチの渋い泥棒がいたり。それぞれの子どものもっている雰囲気やその時々の気持ちなどが、固有のイメージを作り出すのです。またやる機会があったら、ゆうれいの小咄をしてみるのもおもしろそうです。お茶目、まじめ、おてんば、物静か、いろんなゆうれいが集って、教室が愉快でハッピーなゆうれい屋敷になることでしょう。

(宮森健次)