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堀之内

 当塾落語教室の稽古を見に来てくださったご縁で、出雲かんべの里の語り部さんと親しくなりました。同所の民話館で、「子どもの語り部」が語る催しがあり、先月出かけてきました。民話を語る文化を次世代に継承すべく育成にも注力されていることを今回初めて知り、同じ話芸育成に関わる者として学ばさせてもらいたいと思いました。民話は「かたる」、落語は「はなす」、違いはあるもののかなり近しい関係にあるような気がしていましたが、訪問時にいただいた『出雲かんべの里の語り』(悠書館2016年)に収録された作品を読んで、改めて民話と落語は地続きだと感じました。

 一例を挙げると、「あわてものの大社さんまいり」という民話があります。あまりに落ち着きがなく、失敗ばかりの亭主にあきれた女房が「信心でもしたら」と勧めると、亭主もその気になります。ならば明日大社さんにお詣りしようと日の明るいうちから寝てしまう。万事がその調子なので、まともに事が進むはずありません。どたばたの連続が実にばかばかしくておもしろい。

 この出雲大社が江戸堀之内のお祖師(おそっ)さまになるとそのまま落語の「堀之内」です。堀之内は、あわてものがしでかす奇行を並列に置いたギャグのオムニバスなので、現代のそれは、落語家たちの工夫を凝らしたギャグが積み重なって高速で流れていきますが、大社版はあっさりとしていて、原型に近いのではと思います。語り手は、明治四十年生まれ斐川町の青木清吉さんです。青木さん本人あるいは出雲在住のどなたかが落語「堀之内」を聞いてアレンジされたのか、それとも広く分布した語りの中から落語が採り入れて洗練されていったのか、経緯をたどることはできませんが、落語と民話が混ざり合っていることの証拠と言えましょう。

堀之内 銭湯

 当塾落語教室生にもいつか取り組んでもらおうと考えていますが、やるなら出雲大社版と思っています。「堀之内」は人気演目の一つで、多くの落語家が高座にかけます。ですから、落語文化が絶えない限りこの噺がなくなることはないでしょう。でも、出雲弁で語られる「あわてものの大社さんまいり」は、放っておいたら消えてしまいます。テキストで残ったとしても、「語り」と縁が切れてしまえば、それは本来の姿とはまったく別物です。

 堀之内…「ああ、何だよ、これ弁当かと思ったら、枕が出てきたよ。おう、このやろう、恥かかせやがって」

 あわてものの大社さんまいり…「こな、だらくそ。弁当かと思ったらまくらだがな」

 やってみたいですねえ。今の小学生に出雲弁を語らせるなんて、外国語学習みたいなものだとは承知しておりますが。      (宮森健次)