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落語死に神

 もうずいぶん前のことになりますが、この話を初めて聞いたとき、これまで聞いてきた落語とはずいぶんと趣が異なっているのに驚きました。主な舞台は江戸で、完全に和の話なのですが、どこか洋の空気をまとっています。子どもの頃にテレビのロードショーでよくやっていた恐怖映画に通じる不気味さとでもいいましょうか。

 借金まみれになった男が一度は死のうとするのですが、現れた死神に医者になって金儲けをしないか、と持ちかけられます。病人の枕元に死神がいたら助からないが、足下にいれば呪文で追い払える。運にも恵まれて男の新規事業は大当たり。瞬く間に大金持ちになります。ところがそうそう幸運は続きません。立て続けに枕元にいる死神ばかりにあたり、覚えてしまった浪費癖とも相まってあっという間に転落していきます。起死回生に放った奇手が死神の逆鱗に触れ、男はとうとう…

 この話を作ったのは、幕末から明治にかけて活躍した大名人三遊亭円朝です。円朝は、なんとグリム童話の中から題材を採ってこの話をこしらえています。これを知ったとき、どこか洋風な感じがした理由はこれかと、長い間の謎が解けた気がしました。

 小佐田定雄さんの『5分で落語の読み聞かせ』にもこの話は採られています。不気味さはうんと薄められ、子どもたちが聞いて楽しめるように工夫されています。落語の幅広さ、奥深さを感じるにはいい話だと思い、以前ある子に勧めました。けっこうしつこく。でも、ついに「やります」とは言いませんでした。理由は教えてくれませんでしたが、察するに、話が気に入らないとか難しいということではなく、主人公が死ぬことになる結末に近寄りがたさを感じているようでした。高座にかけるに至らなかった話にもそれぞれに物語があります。

 この「死神」、落語家の創作意欲を駆り立てるようで、演者によって様々なパターンが試みられています。有名なところでは故柳家小三治のアレンジで、絵本にもなっています(『しにがみさん』教育画劇)。落語好きの知人は、幸運にも高座で小三治師のそれを聞き、いまだにあれを超える落語に出合わないと言います。また、噺家によっては、その日のお客さんの雰囲気によって、バッドエンドとハッピーエンドを使い分けるといいます。こういう離れ業が成立するのも、噺は噺家のもの、原作に忠実なんてことにまったく価値を置かない落語ならではです。

 さて、当塾落語教室生がいつか「死神をやりたい」と言ってきたら、私は「待ってました!」と言ってしまいそうですが、まああんまり期待しないで待つことにします。                            

               (宮森健次)